イギリスで、10年以上放送されている、オーディション番組『Xファクター』。 世界で2000万人以上が視聴し、これまでワン・ダイレクションを始め、数多くのシンガーを輩出しているスターへの登竜門である。 そんな超人気番組で、今から4年前、観客は異様な光景を目にした。

 出場者である男性の手は震え、極度に緊張していた。 一体、なぜ彼はこんなに緊張しているのか? だが、男性が歌声を披露した、次の瞬間…会場の空気が一変した! そこには…彼を支え続けた、ある人物との感動の物語があった。

今から39年前、クリストファー・マローニーは、イギリス・リバプールに生まれた。 幼い頃から歌が大好き。 そんなクリストファーの最初のファンになったのは…祖父母のジェームズとパットだった。 クリストファーは、2人に歌を褒められることが何より嬉しかった。

大学生になると、夢に向かって一歩を踏み出した。 地元のレストランで、歌手のアルバイトを始めたのだ。 客の前で歌う初めてのステージ。 大きな希望が広がっていた…はずだった。

 だが、客は料理や会話に夢中。 誰も彼の歌に興味を持ってくれなかった。 すると…極度の緊張状態に陥ってしまったのだ! 自分の歌に聞かせるだけの力がないのではないか…そう思えば思うほど、緊張で手が震えた。

そんな頃だった。 夢を応援してくれていた祖父が病気で他界。 祖母のショックはかなりのものだった。 すると…クリストファーは祖母と一緒に暮らし始めた。 応援してくれた祖母への、せめてもの恩返しだった。

 祖母の家ではよく音楽をかけていた。 祖母の大好きな曲は、ベット・ミドラーの『THE ROSE』。 それは、かつて祖父母が一緒に見た映画の主題歌で、葬儀の場でも流した、2人の想い出の曲だった。

やがて彼に人生の大きな選択が迫る。 大学卒業を間近に控え、今後の進路を決めなければならなかった。 だが…クリストファーは、歌手になりたいという思いはあったが、小さなステージでも緊張してしまう自分がプロになれるのかと、迷いばかりが強くなっていった。 そんな時…父に歌手になることを反対され、就職するように言われてしまった。

 大学を卒業したクリストファーは市役所に就職。 電話相談の担当者だった。 望んでいた仕事ではなかったのだが…「きっとこれがオレの人生なんだ」 自分に、そう言い聞かせていた。

そんな平凡な日常に変化が起こったのは、就職して5年目、2004年のことだった。 オーディション番組『Xファクター』が始まったのだ。 参加者は、述べ5万人以上。 優勝者にはCDデビューが約束される、まさに夢のような番組だった。

 祖母に出場を薦められたが、前に進む事が出来なかった… それ以降も、Xファクターのオーディションの度に、応募用紙に記入はしたものの…出せぬまま破り捨てた。

番組に応募できぬまま、気づけばすでに8年が経っていた。 だが…応募したくても応募出来なかったことに、祖母は気付いていた。 祖母はクリストファーに「傷付いたって良いじゃない。恐がってばかりいたら、夢なんかいつまでたっても掴めないわ」と伝えた。

 そのフレーズは…思い出の曲、『THE ROSE』の歌詞だった。

『傷つくことを恐れる心 そんな心では楽しく踊ることはできない』 『目覚めることを恐れる夢 そんな夢ではチャンスを掴めない』

祖母に勇気付けられ、クリストファーは初めて『Xファクター』出場を決意。 この番組は、イギリスの各都市で『予選』が行われ、それを通過すれば、テレビ放送される『本戦』に出場。 大観衆の前で、自慢の歌を披露できるシステムだった。 そして無事、予選を通過したクリストファーは…いよいよ、観客1万人が見守る本戦に挑んだ。

観客1万人が見守る、大舞台。 クリストファーの出番が遂にやってきた。 だが…緊張で手が震えてしまっていた。

 それに気がついた審査員がクリストファーに声をかけた。

「大丈夫? 緊張しているみたいね? 今日は誰がアナタをサポートしているの?」 「祖母です」

祖母の話をする内、手の震えは小さくなっていた。

彼が勝負の曲に選んだのは…あの歌だった。 そして、審査員4人全員が合格を出し、見事、決勝大会への切符を手にしたのだ!

 そして迎えた決勝大会。 クリストファーは、優勝こそ逃したものの、堂々の3位に輝いた。

だが、彼のストーリーはこれで終わらなかった。 何と、幼いころからの夢だった、歌手デビューを果たしたのだ! 魂の歌声に惚れ込んだレコード会社が、3位の彼に異例の契約を申し込んだのだ。

 しかも1stシングルは、国内ダウンロードチャート、堂々の1位! 更に、スペインやギリシャといった海外からもライブの依頼が殺到。 これまでに400カ所以上での公演を成功させている。

クリストファーはこう語る。

「人はみんな傷つきたくない。夢が壊れるのを恐れ、踏み出せない。でも誰かが後押ししてくれたら勇気を持てるんです。僕は祖母のおかげでその一歩を踏み出す事が出来ました。今では父も僕を応援してくれています」

 そして、そんな彼を応援し続けてくれた祖母・パットは… 「私は少し背中を押しただけ。皆に認めて貰えたのも、プロの歌手になれたのも、全部彼の力です。クリスは本当に自慢の孫です」 ど、話してくれた。

歌手になりたい!幼い頃からの夢を、34歳にして、ようやくつかみ取ったクリストファーさんは…現在、歌手活動を続ける傍ら、芸能スクールを設立。 子供たちに、歌やダンスを教えている。

 「夢があっても、僕1人では自信を持てなかった。そんな僕を祖母が後押ししてくれように、今度は僕が子供たちに夢への第一歩を踏み出させてあげたいと思っています」 そう話してくれた。 クリストファーは種をまく…未来の花を咲かせるために。

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